単身ニューヨークに渡った著者が、これまで知り合った仲間たちのために、自身の生存情報を中心にお届けするblogです。 渡米前のアジア放浪日記も載せてます。

Tuesday, October 23, 2007

事件でございます。

みなさんお久しぶりです。
ミャンマーでの旅日記、up出来なくてすみません。
なんせインターネットが使える環境が全然なかったので。。。
まあ、全体的に割りとのんびりした旅でしたね。
今回はちょっと刺激が足りなかったかな〜という感じです。

さて、先週末の出来事。

まず土曜日。ブルックリンにある自宅アパートの真下で発砲事件がありました。
"パンパーン"という音で目を覚ましたのですが、それが発砲だったのか、はたまた夢だったのかもわからないまま、平然と寝続けました。
しかし翌日、道路に面した部屋で寝ていたルームメイトが、発砲した犯人が道路を走って行き、連れの乗った車に駆け込んで行ったのを目撃したそうです。深夜ではなく、朝の7時頃だったそうです。

その日は我が家の周りにパトカーや警官がわんさかおりました。

気が抜けないです、ニューヨーク。

そして日曜日。気絶するほど天気がよかったので、いっちょセントラルパークで本でも読んでやろうと思い、一人ピクニックに出かけました。
天気がいい週末ということで、その公園はだいぶ人で賑わっておりました。
ぶらぶらしながら、人の少ない静かな木陰で本を読み始めたのですが、しばらくすると60代くらいのおじさんがベンチの横に座り話しかけてきました。
話を進める内に、どうやら雰囲気がおかしいことに気づいてきました。

1.木陰だったのでちょっと寒そうにしていると"上着を貸してあげよう"
2.結婚しているかと言われたのでNoと言うと、"ボーイフレンドはいるか?"
3.何の気なしに握手をした際に"このまま手を握り続けていい?"
4.そして"君は男前だね"というフレーズを繰り返す
5.極めつけは"ウチで一緒にビールを飲まないか?"

志村的に言うと、"そうです。ゲイなおじさんです。"なわけです。

ありがたいご招待を丁重にお断りしバイバイすると、続けて同じ年格好のおじさんがまた隣にやってきました。
上述の方ほどダイレクトではありませんが、既に私には免疫があるので、ゲイなおじさんと判断するのは難しいことではありません。

二人目のおじさんと分かれた後で、さすがにそのベンチを後にしました。タダで英会話の練習が出来るというメリットはあるものの、三人目を相手にするほど暇じゃありません。

確信ではないですが、どうやらその静かな木陰はゲイの人たちがパートナーを探す憩いの場のようです。
うっかりと聖域に足を踏み入れたのは、私のミスでございました。あんなところで本を読んでいたら、"お声がかかるのを待っている"と思われてもしょうがありません。

乱文乱筆ではございますが、刺激的な週末だったのでご報告させて頂きます。

Monday, August 06, 2007

またタイに

おります。

先週木曜の夜にバンコクに着いて、5日ほど滞在しています。
バンコクは何回も来ているので、特に目新しいものはありませんし、長期滞在する理由もありません。
ただ、今回の旅のメインとなるビルマ(ミャンマー)のビザをバンコクで申請しているため、それが認可されるまで時間を潰さなきゃならんというわけです。

あいにく土日を挟んだため、金曜に申請して、今日やっとビザを取得できた次第です。
明日の朝7時の便でミャンマーの旧首都、ラングーン(ヤンゴン)に向かいます。

このただビザを待っていた5日間、暇だったのでバンコクをぶらつきました。
この都市は急速に発展していて、特にサーヤムスクエア(東京で言うと新宿かな?)近辺は超近代的なビルや商業施設が林立しています。このエリアには、伊勢丹、東急、そごう(今はエヤワンという名称)もあり、ショッピングしている人たちは見た目にもかなり裕福そうです。
その一方で、この急速な発展に取り残されてしまった人たちもたくさんいたり、昔ながらのタイの風景(屋台、市場、トゥクトゥクやバスで大混雑の道路)も残っていたりします。伊勢丹やエヤワンの敷地内にある神像の前で、お祈りしている若者たちの姿も印象的です。

その”ごっちゃ感”がバンコクの醍醐味だったりするのです。

今日は(も)酔っ払っているので、書き込みはこれくらいで。。。

ミャンマーはインターネットが検閲されているので、ブログが書き込めるか不安ですが、とにかくトライしてみます。

ところでこのブログ、ロレツまわってる?

Tuesday, July 03, 2007

Gay Pride

先週のことですが、中間試験が控えているにも関わらず、Gay Prideを見物してきました。
Gay Prideは毎年行われている、Gay, Lesbian, bisexual, transgenderの方々が
己のアイデンティティーを声高に叫んで行進するパレードです。

レズビアンバイカー、同性愛空手部、ゲイバレー部など様々な同性愛者の方々が行進を行います。
ニューヨーク市警や消防署の同性愛オフィサーの方々も胸を張って行進して行きます。
図書館で勉強している暇なんてありません。

一部、宗教団体やスターバックスなんかが布教/宣伝目的でパレードに参加していて興ざめ
でしたが、全体的には素晴らしいものでした(3時間も一人で眺めてました)。

少なくとも日本に比べると、NYは"マイノリティー"に対してオープンな社会だという印象を受けます。
NYはほんとにゴチャゴチャな社会ですから。大げさですが、電車の1車両を眺めていると、世界旅行を
したような気分になります。手をつないで歩いている男の人たちも普通に見かけます。
僕にとってはとても心地いいですね、そういうの。

Saturday, June 09, 2007

懺悔

気がつけば、3ヶ月以上もblogを更新してませんでした。
熱心な本blogの読者の皆様、大変申し訳ございません。
ドリフよりひょうきん族の私としては、懺悔するときは義太夫にマルとみせかけてバツして欲しいと思うのです。

さて、3ヶ月の間にいろいろなことがありました。
まず、引っ越しましたね。というか元々住んでたBrooklynのアパートに戻りました。
皆さんおなじみ(?)のアロイーズとモニカ、それと新入りのディエゴ(押忍)と一緒に暮らしています。
ディエゴの仕事は、床でチロチロ動いている小さいゴキブリを退治することと、ニャーニャー鳴いて
エサをせびることです。治安が悪いとされるブロンクス生まれのためか、突然凶暴になり、甘噛みではなくマジ咬みされます。

Brooklynでの生活は快適です。駅から近いし、家賃も安い。治安も前の家に比べると格段にいいです。
マンハッタンへのアクセスもいいし、学校からも近い。長く住むことになりそうです(追い出されない限り)。

あと、新しい学校に通い始めました。以前もお伝えしたBaruch collegeという所です。
実はもう4セメスターのうちの最初のセメスターが終了し、現在は2学期目です。
MBAと比べると多分かなり楽だと思うんですが、宿題やテストが結構あるので、忙しい日々を送っています。
図書館と家の往復って感じですかね。
"一夜漬け詰め込み式テスト対策"は得意なのですが、文献調べながら論文書いたり、太った教科書を読み進めるのは時間かかります。

あと重大な事件としては、デジカメが購入後1年以内に壊れたということですね。
Macに写真を転送しようとして接続したら、デジカメの画面が表示されなくなりました。
パソコンが壊れた時は、5年使ったし買い替えてもいいかと思えましたが、デジカメの場合はそうも行きません。
保証書はあるけど秋葉原まで直しに行けないし、新しいのを買うのも馬鹿馬鹿しい。。。
元々写真を撮ることにさほど興味はありませんが、この夏また旅に出るので、その時にはぜひお供にしたいなのです。はてどうしたもんか。。。

Tuesday, February 27, 2007

Mac

日曜日にVAIOがぶっ壊れました。ディスクが原因の故障だと思います。
VAIOは5年間使ったので、修理に出すより新しいPCを買っちゃおうと思い、本日MacBookを購入しました。
初めてのMacちゃんです。

Macにした理由は、「おしゃれっぽい」というのと、少々Windowsに飽きてきたという二点。
あと、Windowsを新しく買っても結局新OS(VISTA)になるので、どうせならと思い新領域にチャレンジしました。

さすがに10年間Windowsに親しんできたので、最初のうちは操作に手間取りそうですが、遊びながら覚えていきたいと思います。

ちなみに、お値段は3年保証込みで$1500です。
嬉しいことに学割が利いてだいぶ値引いて貰いましたが、8%超の税金を加算されて値引き分が帳消しになりました。

貧乏人には手痛い出費ですが、パソコンがないと生活できないのでしょうがないですね。
Macちゃんがなついてくれるのを期待しています。

明日はOffice 2004 for Macを購入するので、また出費が重なります。トホホのホ。

Monday, February 19, 2007

MBA

Hunter collegeで英語を勉強した後の進路について考えています。
日本で4年制大学を卒業し、職務経験もあるので、MBA(もしくは他の大学院課程)に進むことが「なんとなく」自然な選択です。
※MBAに進むには職務経験が数年必要なので、学生の平均年齢は大体27歳以上(30歳以上の学校もめずらしくないです)。

MBAに進む条件として、TOEFLやGMATといったテストで点数を稼ぐことと、たくさんお金があることが挙げられます。
TOEFLは留学生の英語力を測るテストで、アイビーだとほぼ満点、ニューヨーク大学(NYU)あたりだと8割以上の点数を取ることが求められます。
GMATは現地の大学生も受けるテスト(800点満点)で、論理的思考力や問題解決力、数学知識などを問うものです(もちろん英語で)。

テストについては、(全米TOP15以内の超有名校を除き)気合の問題だと思いますが、問題は「アメリカのMBAは学費がバカ高い」ということです。

安い公立のMBAで、学費が年間$18,000、NYUなどの有名私立大だと$50,000近くかかります。
生活費を年間$15,000として計算すると、卒業までの2年間で公立が約$66,000、私立は約$13,000かかります。

突然超円高になって、$1=80円になったとしても、私立大のMBAを修了するのに最低1,000万円必要になる計算です(現在の為替だと1,500万円以上!)。
しかも、アメリカのMBAは宿題がてんこ盛り&授業が厳しいため、アルバイトなんてやってる暇はありません。したがって、入学前にそれなりの財力があることが前提となります。

という事情なので、私立大でMBAを専攻している人は、自費留学ではなく会社の留学制度を利用している人が多いようです。

残る公立のMBAですが、私立と比べると安いとは言え、それでも800万円近く卒業にかかります。
ちょっと田舎に行けばマンションが買える金額です。

ダラダラ書きましたが、要はどっちの選択肢もたくさんのお金が必要となるので、MBAは取得しません。
予定としては、ニューヨーク市立大学バルークカレッジが提供している1年間のプログラムに参加して、ビジネスを学ぼうと思っています(学費は破格の$7,000/年!)。

バルークカレッジはビジネス(特にAccounting)では全米でも割と有名な大学で、卒業生には銀行役員等が多いです。しかしそれに混じり、ラルフローレンさんやジェニファーロペスさんも在籍していたというカラフルな学校です(残念ながら二人とも退学)。

Wednesday, February 07, 2007

smalls

昨夜、テキサス娘のMonica嬢とその彼氏に誘われ、west villageにあるJazz Barに行ってきました。
血液がシャーベットになりそうな極寒の中、22時にUnion Squareで待ち合わせして約2時間ほどJazzをたしなみました。
「smalls」というBarでしたが、その名の通り20人ほど入ったら席がなくなりそうなこじんまりした構え。
バンドは(名前忘れた)sax,drums,guitar,wood bassの四人編成で、特にdrumsがシビレました。
後でMonica嬢の彼氏に聞いたら、New Yorkで割と有名なJazz drummerだそうです。

お金節約のため、New Yorkの醍醐味であるEntertainmentを全く堪能して来ませんでしたが、Jazz Barならお酒を飲んでも$30くらいで十分楽しめるので、また行ってみたいと思います。

意外と僕、Jazz好きなんですよ。musicianの名前やJazzのcategoryは詳しくないけども。

Sunday, February 04, 2007

生きてますよ。

1ヶ月以上も更新してなくてすみません。

前回投稿した時から変わったことは、マンハッタンに引越したことと、TOEFL(大学・大学院入学に必要となる英語のTEST)を受けたこと、新学期が始まったことです。

まず引越し先ですが、manhattanの北側にあるWashington Heightsという場所です。
完全なヒスパニック地区でスペイン語が溢れています。
生活環境に特に不満はありませんが、最寄り駅から10分弱歩かなければならないので、この時期は少し辛いです。なんせ気温が-10℃以下ですからね。
ちなみにご近所さんにColumbia大学があります。無縁ですが。

TOEFLの結果ですが、なんと一発で志望校の合格基準に達しました!
TOEFLは4時間半に渡って、reading、listening、speaking、writingの能力を測る壮絶なTESTです。
テストを受けてから結果を得るまでは「正答率50%くらいかな?」と思っていましたが、意外と点数取れててビックリしました。高校の時に養った「山勘」の技術が冴え渡ったようです。
有名な大学院に入れる点数ではありませんが(彼らが求めるのはほぼ満点)、取り敢えず一安心。

さて、先週から新学期がスタートしました。
僕が通っているHunter Collegeの英語classでは一番上のlevelです。
まだ一週間しか経過していませんが、またしても先生に恵まれたなーと思っています。

Glammar(文法)の先生はTimothyという面白いおっちゃんです。
彼は20年間会社勤めをしていましたが、9.11を期に自分を見つめなおし、昔から好きだった語学の道に進むことを決心したそうです。
いつもIBMのバックで通勤して来るので、前職はそこだったのかな?

Writingとreadingの先生はJustinです。
彼のバックグランドは僕と似ていて、イタリア移民の3世だそうです。
両親も自分もNew Yorkで生まれているので英語が母国語ですが、イタリア語も操ります(彼のwifeはイタリア人)。
興味深いのは、彼が大変な読書家であり、僕の大好きな作家安部公房の大ファンであることです。

他の学校と比べると授業料が高いけれど、Hunterの教師は質が高いですし、学生も積極的(時に攻撃的!?)に授業に参加してとてもいい環境です。

Saturday, December 23, 2006

フランスから

みなさん覚えてますか?中国を一緒に旅したパリっ子のLaurentくん。
彼から近況報告のメールが来ました。
僕が旅を終えた後も彼は旅を続け、約1ヶ月前にフランスに戻ったそうです。
帰国後は早速新しい仕事を見つけ、仕事→寝る→仕事のストレスフルな毎日を送っているとの報告でした。

旅のフォトアルバムを送ってくれたので、皆さんに紹介します。

http://Laurent.houssard.free.fr/2bgal

※China→Sichuan(中国四川省のこと)の写真は、全て僕と旅した場所です。
※写真のページ上部にある数字をクリックすると、ページがめくれます。

さて、これから1ヶ月のバケーションに入ります。新学期が始まるのは来年の1月後半です。
来年早々にTOEFL(大学・大学院入学に必要となるオフィシャルなテスト)を受けることになったので、バケーションは試験準備に充てようと思います。

ところで、Piroは本当に試験勉強をするのでしょうか?
お楽しみにー。

Wednesday, December 13, 2006

おぴっこし

1月19日に、韓国のルームメイトが嫁さん連れてアメリカに戻ってきます。
それに伴い、私は住居を追われることになります。

ということで、新居探しをしておったのですが、割とスムーズに見つけることが出来ました。
これで地下鉄で寝泊りする心配はなくなりました。

新居はNew JerseyでもBrooklynでもQueensでもなく、なんとmanhattanです!
175stという、だいぶアッパーサイドにあるのですが、紛れも無くmanhattanです!
家賃は$650/月(光熱費等は別)、まあ高くも安くもない感じです。
アパート自体はボロイですが、部屋の中をリニューアルしているので、まあOKでしょう。

部屋のオーナーは32歳のアメリカ人デザイナーで、日本に10年住んでいた方です(日本語は喋れない)。
日本ではmanhattan recordsの服飾部門と、下北や代官山にあるDEPTのデザイナーをしていました。
ちなみに、お父さんは映画俳優だったそうです(名前不明)。

彼も含めた3人でアパートをシェアするのですが、もう一人のシェアメイトはまだ決まっていません。
ただ、日本人であることは確かです(日本人を対象に募集広告を出しているので)。

まだ引っ越すまで1ヶ月以上ありますが、取り敢えずご報告ってことで。
新居での生活風景については、またお伝えしていきます。

※写真はヴィン・ディーゼルという映画俳優です。上述のオーナーと瓜二つで、今日も彼と一緒に歩いてたら、「君の映画好きだよ」って、通行人に声をかけられてました。

Friday, November 24, 2006

Thanksgivingに思う

今週木曜、金曜はサンクスギビング(感謝祭)のため学校はお休みです。
厳密には11月の第4木曜日が休日なのですが、企業や学校によっては金曜日も休日にして、連休にしています。
こちらの風習でサンクスギビングの日に家族や親戚が集まって七面鳥を食べます。
また、New Yorkではメイシーズ(百貨店)が主催する大規模なパレードが見られます。
ハロウィンやクリスマスに並ぶ、大きな国民行事みたいです。

暇だったので、雨の中パレードを見に行ってきました。残念ながら一人で。
巨大なバルーン(アニメのキャラクターが多い)や鼓笛隊(マーチングバンド)が町を闊歩していました。
アイスホッケーだかバスケだかの選手も、車に乗って目の前を通過して行きました。
みんなヒューだのイェーだとの叫んでました。

一通り見ましたが、率直に言うと、どうってことなかったです。

風鈴の音や豆腐屋さんのラッパ、河川敷で見る花火。
そういった日本の風物が好きです。
ターキーよりもシラスご飯が好きです。
コメディよりも漫才が好きです。

日本人ではないけれど、やっぱり育った場所なので、日本の文化は沁みています。
日本ってとても良質な文化を持っていると思います。

旅したり、アメリカに住んでみると余計にそう思う。
内側を知るために、外から眺めるって大事なことですよね。

【悲しいお報せ】
米びつが底をついた

Monday, November 13, 2006

ご光臨

先々週のことになりますが、前職でお世話になった課長さんが業界視察でアメリカにいらっしゃいました。
直属の上司ではなく隣の課の課長さんですが、私と席が向かい合わせだったこともあり、大変お世話になった方です(以下、NSKさん)。

1週間程の視察のうち、3日間がニューヨーク視察に充てられておりましたので、その機会にお会いすることが出来ました。

視察終了後の限られた時間でしたが、2日間行動を共にし、拙いながらニューヨークをご案内しました。
1日目は夜にお会いし、私が知っている和風の居酒屋でお食事しました。
NSKさんもアメリカの脂っこい料理に辟易しており、また私も和食から遠ざかっていたので、日本食と焼酎にかなり救われました(NSKさん、その節はご馳走様でした)。

2日目はメトロポリタンミュージアムとグラウンドゼロを廻り、夜はブロードウェイミュージカル「美女と野獣」を鑑賞しました。

NSKさんはさすがに視察と観光でお疲れになったのか、開演を待っている間、「劇が始まったら起こして」という言葉を残し、一人でメルヘンの世界に旅立たれてしまいました。
また、劇中も何度かうたた寝をされておりました。短時間でのニューヨーク観光は体力を消耗します。

NSKさんがリクエストされた美女と野獣について、正直最初は「子供向けのお芝居だろう」と疑っておりました。しかし、そこはさすがのブロードウェイ、大人でも十分楽しめる仕掛けがたくさんあり、また英語が全部理解できなくてもストーリーを把握出来るような、洗練された構成でした。

偶然にも美女と野獣を鑑賞した日はハロウィーンだったので、コスチュームに身を包んだ人達がそこら中に溢れておりました。有名なハロウィーンパレードを見たかったので、ミュージカルが終わった後に会場に足を運んだのですが、ちょうどパレードが終了したところでした。仕方なく二人でラーメンを食べました。

NSKさんと行動を共にし、なかなか一人では行けないような場所にも行け、また旧職場の様子も聞くことが出来、大変有意義な時間を過ごすことが出来ました。お忙しい中、本当にありがとうございました。

皆さんもニューヨークにお越しの際は是非声をかけて下さい。
いつでもお待ちしています。

Saturday, October 28, 2006

おわつた

先日1セメスター(学期)が終了しましたのでご報告。
我々の担任、6級A組ベロニカ先生(あだ名は魔女)は、カレッジの中でも最も厳しい教師の一人として有名で、特に試験前はテスト勉強と宿題で十分に寝れない日が続きました。しかしながら、ビール片手に毎夜勉学に励んだおかげで、無事全てのテストをパスし、次のレベルに進級出来ることになりました。
次のクラスはレベル7です。ラッキーなことに、僕が割り振られたクラスの先生は、これまた厳しくて有名みたいです。勉強するために、決して安くない授業料を払ってるんですから、緩い先生に教わるほうが不幸と言えます。

さて、昨日の出来事をついでにご報告。
僕の韓国人ルームメイト(実はエアロビで大学選手権優勝者)が3ヶ月ほど帰国するので、ささやかなお別れパーティーを開催しました。メンバーは彼が働いていた花屋のオーナーとその奥さん、先輩、そしてルームメイト本人 and 僕です。総勢5名、オールKoreanです。パーティーはサムギョプサルレストランで行われました。
韓国人の酒の飲み方は危険です。韓国焼酎をショットで何度も(10分おきくらい)乾杯し、その都度一気に飲み干すというルールらしいです。以前、上述の花屋のオーナーに食事に招待された時は、見よう見まねでこの方式に従い、見事に潰されてしまいました(3人で焼酎8ボトルはツライ)。昨日は反省を活かして無理はせず、適度なお楽しみモードで乗り切りました。

ルームメイトの結婚祝いについて、かねてから悩んでいた僕でしたが、ご祝儀の変わりに彼の好きなブランド、モンブランのボールペンをプレゼントしました。

一次会終了後、舞台はKaraokeへと移ります。韓国でもカラオケは大変ポピュラーな娯楽のようです。とはいえ、彼らと一緒に韓国の歌を唄えるわけもないので、とりあえず踊っておきました。

今日の夜、エアロビクスの得意な彼は、韓国へ向かいます。

Thursday, October 12, 2006

渡辺篤史の建もの探訪

New Jerseyに引っ越して、約2週間が経とうとしています。ということで、現在の居住環境について押し付けがましくご報告したいと思います。
New Jerseyと言っても、僕の家はマンハッタンのアップタウン(175st)からバスで5分ほどのFort Leeという所にあります。まあ、日本で言うと松戸みたいなもんですね。「千葉だけど東京まで5分!」、まあ所詮東京と言っても金町ですけどね・・・。
話がそれましたが、マンハッタンとFort Leeの間には、ハドソン川をまたぐジョージワシントンブリッジが架かっています。毎日バスでその橋を渡ってマンハッタンにアクセスしています(片道$1)。毎朝7時に家を出るのですが、橋の上からは朝焼けに目を細める眠たそうなマンハッタンを一望でき、とてもきれいです。僕の住んでいるエリアは、とても安全で緑も多く、美しい町並みです。舗装された道路にはレンガ造りのかわいい家が並んでいて、お庭でリスが遊んでいたりします。また、韓国人がたくさん住んでいて、その人達向けのお店やレストランをよく見かけます。
さて僕のアパートですが、建物は古いものの15階建てで、入り口には常駐のドアマンがいます。といっても自動ドアなので、ドアは開けてくれませんが。屋上には申し訳ない程度のプールもあります。僕の部屋は12階で、ドデカイ窓から外を眺められます。Studioタイプなので部屋に間仕切りはなく、広い空間にベットと机それぞれ2つずつと、ソファーが置いてあります。とても快適なので、来年2月に出て行くと思うと今から寂しいです。
以前のブログで少し触れた韓国人のルームメイトとは、かなり順調に生活を送っています。料理や掃除もお互いに助け合いながらこなしています。言わずもがなですが、冷蔵庫にはキムチ常駐です。そんな彼も今月下旬に韓国に帰国してしまいます。誰か遊びに来て!

Friday, October 06, 2006

Let's go Yankees!

今日、Yankees vs Tigars戦を見てきました。
別に見に行く予定はなかったのですが、当初2人で見に行こうとしてた人達がいて、その内1人が行けなくなってしまったので、「暇なら来ない?」と誘われたのです。要は欠員充当です。
まあ、せっかくYankee Stadiumが近くにあるので、一度は行ってみたいと思ってたのですが、今日がその日でした。一緒に行ったのは同じ学校で英語を勉強している日本人のTomoさんです。彼はこっちで会社を経営しており、Yankee Stadiumに会社が契約しているシートを持っているのです。「友達がYankees戦を見たい時には相談して!」と言われたので、その気がある方は私にご一報下さい。
松井選手、出てましたよ。ヒットを量産しておりました。松井がヒットを打つと、バックスクリーンに「HIT-DEKI」と表示されます。HITとHIDEKIを混ぜたダジャレですが、苦笑するのが精一杯でした。
試合の途中にグラウンドを整備するのですが、BGMはこちらもHIDEKIでおなじみの「YMCA」です。「YMCA」のサビに突入すると、グラウンドキーパーは立ち止まって、踊りだします。いろいろと飽きさせない工夫をしています。
残念ながら、熱狂的な応援を背に戦ったホームのYankeesは、3-4で負けてしまいました。まあ、試合自体というよりも、現地のファンやパフォーマンスを見れてなかなか有意義でござんした。

Saturday, September 23, 2006

CLASS MATE

皆様お久しぶりです。
学校が始まって3週間程経過しました。
クラスメートともだいぶ打ち解けて来て平和な学生生活を送っております。
授業については、readingとwriting(読み書き)は日本でも勉強してきたので問題ないのですが、やっぱりspeakingとlistening(話すこと、聴くこと)については、かなり修練が必要だと感じています。後者は勉強というより、「慣れ」の問題が大きいと思うので、時間がかかるのは仕方ない・・・かな?器官が適応するのを待ちます。

さて僕のクラス、結構多様性に富んだ編成です。スペイン、ポーランド、ベネズエラ、イラン、シリア、タイ、シンガポール、台湾、そして韓国。いろんな国から集まっていて楽しいです。
先日、シリアから来た女の子の家にクラスメイト10名程でお邪魔しました。マンハッタンのど真ん中に聳え立つ5階建のお屋敷が彼女の住まいです。と言っても、お父さんが国連大使をしているらしく、家は政府の持ち物らしいです。メイドさんが作ってくれたシリアの伝統料理を堪能し、昼食代を浮かせました。

他にトピックと言えば・・・10月1日にお引越しをします。韓国人のクラスメイトがNew Jerseyにアパートを借りており、そこにお邪魔します。10月末までは彼と2人でそのアパートに住みます。彼は来年早々に結婚を控えているので、11月から来年1月末まで韓国に帰郷します。その間は僕がそこに一人で住みます(予定)。そのアパートの家賃は$1200/月なので、10月末までは彼とワリカンで一人当たり$600/月です。11月から来年1月までは僕一人で住みますが、僕の負担は$800/月です。あれ、$400/月の差額は!?ってことですが、彼が負担してくれるとのことです。住んでないのになんで負担してくれるのって聞いたら「僕らは友達だから」って答えが返ってきました。

彼は僕と同じ年です。週に6日、花屋で働いてます。なぜそんなに働くかというと、もちろん学校のお金やNYでの生活費を自分で払ってるからです(僕もですが)。そんな彼が友達だからって、惜しみなく負担を申し出てくれる。

今回は彼の親切に甘えようと思っていますが、僕もなんかの形で彼に気持ちを返したいと思います。
韓国にはお祝儀って習慣あるのかな?

Sunday, August 20, 2006

New York編

8月14日にNYに到着しました。
1週間近く経ち、少し落ち着いてきました。

現在は僕の友達の妹さん(Elle)と、そのシェアメイトと共に、Brooklynで共同生活しています。
3人部屋のアパートに、僕も含めて4人で生活してるので、僕の寝場所はリビングのソファーです(快適!)。

Brooklynの治安はあまり良くなさそうですが、今のアパートが地下鉄駅の真上にあるので、帰宅中に襲われる心配はなさそうです。
夜中に町中をぶらつかない限り大丈夫でしょう。

今は居候として無理矢理転がり込んでいるので、近いうちに別のシェアメイトを見つけて転居します。
家賃の相場も考えるとManhattanは難しそうなので、この近く(Brooklynあたり)になりそうです。
今住んでいる3人と交流を続けるため、近所に住みたいという思いもあります。

さて、同居している僕以外の3人ですが、とても親切でfriendly。
みんな現在は夏休みなのでバイトに勤しんでいるのですが、暇を見つけては色んな場所を案内してくれます。
既に連れて行って貰ったところは、Central Park,Madison Square Garden,Times Square,Ground zero,Metropolitan Museum,SOHO,China Town,East Villageあたりでしょうか。

さて、僕がしばらく通うことになるCUNY(City University of New York) HUNTER COLLEGEですが、Upper EastというManhattanのど真ん中に位置し、Central Parkに徒歩5分くらいという立地です。
この学校に通うのは9月からなので、それまではNYを把握することに時間を割きたいと思います。

Monday, July 31, 2006

今日で旅は終わり

約5週間に渡った旅も今日で終わりです。
夜2時の便でバンコクを出て、上海を経由し、日本に戻ります。
そしてその2週間後、今度はニューヨークで新しい旅が始まります。

今回の旅、ちょっと反省しているのは、割と「のんびり」しちゃったこと。
結構、旅で出会った人と行動を共にするケースが多かったのですが、長旅の人が割と多くて、彼/彼女達はあまり先を急いでいない。
だけど、僕自身は限られた時間で出来るだけ多くの場所に行って、多くのものを見てみたいと思うタイプ(ひとつどころに落ち着けない性格→落ち着きがない性格!)。

人と行動を共にすると、自分だけの考えで動くことが出来なくて、 100%じゃないにしろ、どうしても相手のペースに合わせてしまう。
その結果、今回の旅ではちょっとした消化不良に陥ってしまいました。

でも、いろんな国の人達といろんな意見を交わす経験は、なかなか「待っていても」得られるものではなく、それも一つ旅の面白さだと感じています。

僕が周った国の現地の人達、旅で会った仲間達、時々嫌な思いをしたり、時々感動する場面があったり。
日常ではフラットな感情が、非日常の刺激を受けて、多面的に展開していくのがおもしろい!

次はどこに行こうかな?
そして、その時僕は何をしているのかな?

未来が楽しみだ!

Saturday, July 29, 2006

チェンライ?チェンマイ?バンコク

チェンライ1泊したけど何もなかったです。
チェンマイはツーリストで溢れていて、興味が失せたので1泊もしなかったです。
ということで、チェンライ→チェンマイ→バンコク間を1日で移動しました。
チェンマイからバンコクは17時50分発の寝台列車での移動です。

のんびり景色を見ながら列車の旅を楽しみたかったのですが、17時50分って微妙・・・。
あっという間に真っ暗になって景色は一切見えませんでした。

もう少し前の列車に乗りたかったのですが、Fullだったのでしょうがない・・・。

さて、ほとんど旅も終わりに近づいてきました。
バンコクで2日程過ごして、日本に戻ります。

ラオスで会った友達がバンコクにいるようなので、酒でも呑むかな!

黄昏メコン

デッパケン


ベストドック賞

Naokix

少数民族探検隊長(藤岡弘公認)

Thursday, July 27, 2006

ラオス出国

ルアンナムターから船でタイ国境の町、ファイサーイに向かう予定でしたが、8人乗りボートが添員オーバーになってしまい断念。その日の内にルアンパバーンにバスで向かい(所要9時間)、翌日にそこからボートに乗りました。
ルアンパバーンからファイサーイまでは1泊2日の船旅です。

メコン川の旅はなかなか風情がありましたが、さすがに1日に9時間も船に揺られると飽きる・・・率直な感想です。

ファイサーイからタイ(チェンコーン)には今日移動しました。
チェンコーンに着いてバス停を探してウロウロしていると、スクーターに乗ったおじさんが話しかけてきました。

「どこ行くんだ?」
「チェンライ行きのバスを探してる」
「バス停ならこの道をこう行ってああ行って・・・」

そうこうしている内に、反対車線からチェンライ行きのバスがこちらに向かってきました。

「あ、あのバスがチェンライ行きだ。とりあえず(スクーターの)ケツに乗れ!」

言われるままにケツに乗ると、おじさんはバスの前に立ちはだかり

「この子をチェンライまで連れてってくれ」

みたいなことを言ってくれて、無事にバスに乗ることが出来ました。

こういう無償の親切って、日本で生活してるとなかなか経験できないですよね。

タイとラオス、メコン川を隔てた隣の国なのに、生活水準の違いが一目瞭然です。
でも・・・ラオスのノンビリ感が好き!

Sunday, July 23, 2006

王安安くんとお母さん

ムアンシン2


2日目の朝、市場に行きました。
少数民族のおばさんが、民族衣装を身に纏って、いろいろなモノを売りに来ています。
解体新書の挿絵のような動物達の肉片が、台に並べられています。

市場を回るのは結構好きです。

市場を見学した後は、直樹くんとサイクリングに出かけました。
しかし、途中から雨が降ってきて、その後も降り止まなかったので、その日は行動が取れませんでした。

夜に雨が上がったので、ホタルを見に行きました。
本当にたくさん飛んでいます。

3日目、つまり今日です。
またもや直樹くんとサイクリングして、少数民族の村を訪ねました。
午前中だったからか、村に男達の姿は無く、大量の子ども達と若干の女の人たちがいました。
ラオスの子ども達は本当にかわいいです(シャイな子が多いですが)。

午後はバスでルアンナムターに戻ってきました。
明日は直樹くんと別れ、船で2日かけてタイ国境のファイサーイという町を目指します。

ムアンシン1


昨日、一昨日とムアンシンという町にいました。
ムアンシンは小さくて何も無い町ですが、周辺に少数民族の村が多数点在しており、それを目的としたツーリストに人気が高い所です。
ムアンシンに向かうバスの中で、隣に座った中国人の「王安安」くんが流暢な英語で話しかけて来ました。
彼はまだ19歳ですが、将来警察官になるための勉強をしながらプロサッカー選手になることを同時に夢見ているナイスガイです。
彼はラオス国境に程近い、中国のMeng Laという町に住んでいるのですが、お母さんの仕事の都合でラオスに来ていたそうです。
バスがムアンシンに着いて、いったん王くん達と別れましたが、ゲストハウスにチェックインした後町をぶらぶら歩いていたらバッタリ再会し、ちょうどお昼時だったので、一緒にご飯を食べることにしました。
王くんのお母さんの友達がやっている中華料理屋(その後2回程お世話になった)でまたいろいろ話をしましたが、王くんのご両親は離婚し、お母さんは再婚しているとのことでした。
王くんはお父さんと暮らしているそうですが、学校の休みなどを利用して、お母さんの所に遊びに来ているそうです。
王くんとお母さんは、家に来るよう僕を何回も誘ってくれましたが、僕はラオスと中国の国境を越えられないので、残念ですがお断りしました。

※この町は中国国境まで10KMという場所に位置しているのですが、この国境は外国人には開放されていません。

王くん達がトラックで中国に向かった後、何もすることがないので、とりあえず国境まで行って見よう、ということで猛暑の中レンタサイクルで国境に向かいました。
相当体力を消耗したにも関わらず、国境自体は特にスペシャルではありませんでしたが、そこに一人の日本人ツーリスト「直樹くん」がいました。
彼は関西の大学生(ラガーマン)ですが、休学して旅をしているそうです。
国境に見所がなかったため、直樹くんと少数民族の村を訪問しました。

少数民族の村は、ウルルンでよく見るような風景でした。
高床式の住居、子どもは下半身裸、村中に豚、鳥、犬・・・。ラオス北部でよく見る光景です。

きれいな夕日を眺めながら、自転車で町に戻りシャワーを浴びた後、ラオス式焼肉を食べに行きました(これがかなりうまい!)。

この町で見る星は本当にきれいです。
星を眺めていると、星が動きました。
流れ星かな?と思っていると目の前に飛んできました。
正体はホタルです。
この町は夜になるとホタルがたくさん飛んでいます。

Thursday, July 20, 2006

ラオスへ


昆民でThomas達と別れ、sleeper busでMeng Laという町に行きました。
途中の景洪という町でsleeper busを降ろされ、そこから小さいバスを3回乗り換えて着いたのですが、雨が降っていて観光できる状態ではありませんでした。
そもそも、昆民から20時間近くバスに乗っていたので疲れきっており、また昆民でひいた風邪を引きずっていたので、ホテルでゆっくり休むことにしました。
温かいシャワーを浴びて寝ようと思ったのですが、シャワーからお湯が供給されず、フロントで尋ねたところ、「今日は雨なのでお湯は使えません」と言われました。
太陽熱発電だということは理解できますが、雨季の間みんな水でがまんしてるのでしょうか?

さて翌日。
Meng Laから中国国境を越え、ラオスのルアンナムターに向かいました。
バスの中で「日本の方ですか?」と日本の方に声を掛けられ、一瞬答えに迷いましたが、とりあえず「そうです」と答えました。冨士くん(写真)との出会いです。
冨士くんは徳島在住の25歳で、会社を辞めて一人旅をしています。
関西のノリ(?)なのでかなり面白い人で、お昼頃ルアンナムターに着いて昼飯を食べた後、夜7時過ぎまでビール(beer Lao!)を飲んでいろいろ話をしました。

結局9本もビールを飲んでしまった・・・。

Sunday, July 16, 2006

Thomas

Tiger Leaping Gorge(photo)

Saturday, July 15, 2006

Tiger Leaping Gorge

昨日、一昨日とTiger Leaping Gorge(虎跳峡)に行ってきました。
Laurentと別れ、久しぶりの一人旅です。
シャングリラからバスに乗って3時間弱くらいでTiger Leaping Gorgeに着き、そこから山道をハイキングしました。
Tiger Leaping Gorgeは世界有数の大峡谷で、怒り狂った激流が切り立った山々に挟まれて流れています。
初日のハイキングは、頂上目指して山をひたすら登り、登り切ったところで少し下山し、そこにあるゲストハウスで宿をとりました。約4時間程歩きました(ほとんど登りだったし、結構暑かったのでキツかった・・・)。
激流自体はあまり見えなかったですが、切り立った山のスケールはカメラに収まるサイズをはるかに超えていて、とてもすばらしい景観でした。
14時頃には宿に着き、雨も降ってきて何もすることがなかったので、Ipodを聞いたりビールを飲んで過ごしていると、ずぶ濡れのバックパッカーが宿を訪ねてきました。
彼の名前はThomas君。ドイツのハンブルグに住む大学生です。
僕はツインベットの部屋を一人で利用していたので、Thomasが自然と僕の部屋に転がり込んで来ました。
その夜は彼とドップリ話をし、翌日は一緒に行動することを確認して、眠りに就きました。

2日目のコースは下りなので、割と楽なハイキングでした。
午前中には下山したので、そのままLi Jiang(麗江)に向かおうとしましたが、下山したポイントから更にハイキングすると激流の間近まで行けるという話しを聞いたので、時間も早かったこともありトライすることにしました。
激流に向かうには下山ポイントから更に山道を下っていくのですが、まさに山道を歩き始めた時、中国人の女の子3人組が一緒に行こうと誘ってきました。
なんでも、激流への道はかなり険しく、女の子だけでいくのは不安とのこと。断る理由もないので、5人のパーティーで激流に向かうことにしました。
たしかに険しい山道を下っていき、Tiger Leaping Gorgeの足元に着くと、壮絶な勢いで流れる激流が目の前にありました。自然ってすごい!

Tiger Leaping Gorgeを見終え、中国人3人娘と遅い昼食を食べている時、ふと「僕って中国人に見える?」と質問してみました。
結構中国語で話しかけられることが多かったので、ちょっと聞いてみたい質問でした。
娘たちは一同にYesの回答。なんでも、娘たちが僕たちに最初に話掛けた時、僕のことを欧米人(Thomas)を連れた中国人のツアコンだと思い、一緒に行こうと持ちかけたそうです・・・。

昼食後は予定通りLi Jiangに向かいました。8人のバックパッカーが集い同じバスに乗ろうとしましたが、人数オーバーで乗ることが出来ず、その内6人でミニバスをチャーターし、ビールを回し飲みしながらLi Jiangへと向かいました。

Li Jiangは4年ほど前に来たことがありますが、それ以降すごい勢いで観光地化が進み、人が溢れ、バックパッカーの間ではディズニーランドと呼ばれています。
ので、特にやることもなく、その日はそのままビールを飲み続けて1日を終えました。

今日はこれから寝台バスで、Thomasとフランス人の女の子と一緒に昆民へ向かいます。

Wednesday, July 12, 2006

こんな所にも反日感情が!?

今日は続けて投稿です。理塘の思い出を少し・・・。

[鳥葬]
理塘で通ったレストランのオヤジから聞いた話です。
理塘にはチベット族がたくさんいます。
彼らは死ぬと、理塘にある小高い山の上に死体を運んで行き、首を切り落とし、その死骸を料理し、群がってくる鳥に食べさせるそうです。
さすがにその山に近づく勇気はありませんでした・・・。

[チビッコ窃盗団]
チベット族の子どもは群れを成して陽気に観光客に近づいてきます。
そしてあれよあれよと言う間に、ポケットやカバンの中に手を突っ込んできます。
しかもかなり積極的です。
大半の子どもはとても純粋ですばらしいのですが、一方で盗みを働く子ども達もいるということにショックを受けました。

[反日感情]
中国に来て不愉快に感じたことはほとんどありません。
僕が出会った人達はとても親切で、深い感銘を受けます。
しかし、一方でこんなこともあります。
僕は大抵「Where are you from?」と聞かれたら「korea」もしくは「I am from Japan, but my nationality is korea」と答えます。
そう答えたときの反応で、数回こんなことを言われました。
「おぉそうか。韓国は友達だ、でも日本は・・・(僕に向かって拳を見せる)」
また、こんなことを言われた時もありました。
「日本人の場合は値段を倍にして請求してる(by前述のレストランのオヤジ)。

国対国ではなく、個人対個人で向き合いたいですよね。

中旬(シャングリラ)

昨日、中旬という町に着きました。
ここは別名シャングリラと言われ、現在はその呼び名の方が一般的に使われています。
イギリスの小説家ヒルトンの作品「失われた地平線」の中で謳われた桃源郷をシャングリラと言いますが、中国政府が勝手に中旬をシャングリラであると世界に宣言したことにより、この町がその名称で呼ばれるようになりました。
町自体には何もないですが、そこに向かう風景は確かにすばらしかったです。でも、桃源郷と言うほどでは・・・。

さて、本当はこの町に今日着くはずでしたが、昨日の時点で着いてしまいました。その理由は・・・。
理塘から郷城にバスで向かう予定でしたが、バスがありませんでした。
チケット売り場の近くにミニバスが停まっていたので、バスより割高ですが、しょうがなくそれを利用しました(客は僕とLaurentだけ)。
ミニバスの運転手の全力の熱唱と、内臓の位置がズレてしまうような悪路に酔いながら、4時間足らずで郷城の町に着きました。
僕らはそこで一泊し、翌日にバスで中旬を目指す予定でしたが、ミニバスの運転手が気を利かせて違うミニバスをピックアップしてくれました。
こうして僕らは同日中に理塘→郷城→中旬と移動することができました。
しかも郷城→中旬は6人家族と同乗したので、一般バスと同料金で移動できたのです(かなり狭かったけど)。
合計14時間ほどの旅でした。
明日はTiger Leaping Gorgeに向かいます。Laurentとはここでお別れです・・・。

Monday, July 10, 2006

ヒッチハイク(康定→理塘)


この男の子二人が助けてくれました。
写真の女の子は、僕らと一緒にヒッチハイクしたバスの乗客。

理塘の丘の上

Hiro in 理塘


康定はわりと栄えていて何もない町でした。
そこでは8人部屋のドミトリーに泊まったのですが、Laurentがラオスで一緒に旅してたドイツ人のINGO君(すごくいい奴!)とバッタリ再会。起こったことと言えばそれくらいです。ダラダラ過ごしました。

康定から理塘は壮絶な道のりでした。
オンボロバスだったので、乗る前から不安だったのですが、案の定故障の連続。
車内が煙で充満したり、走ってる最中にエンジンから爆発音がして動かなくなったり、直ったと思って走り出したら逆走(バック)したり・・・。
出発から12時間近く経って、まだ路程の半分も進んでいなかったので、僕とLaurentはバスを捨て、ヒッチハイクして理塘に向かいました。合計14時間程の壮絶な車の旅でした。

さて、理塘ですがチベット国境に近いこともあり、中国というよりチベットの匂いが強いです。
この町を取り囲む山と草原は本当に美しい。すばらしい眺めです。

あと、どうでもいい報告ですが、今日は近くにある温泉に入りました。

明日は中旬(シャングリラ)を目指すための中継地点となる郷城という町に向かいます・・・。

Saturday, July 08, 2006

Girl A

Friday, July 07, 2006

Laurent From France

May&Allan from Denmark

Who does he look like?


JICHO KACHO?

成都から康定に向かいます。

先日、黄龍に行ってきました。
jiuzhaigouと同じで観光客が溢れていましたが、僕とlaurentは朝一に到着したので、呑み込まれずにすみました。

jiuzhaigouも黄龍も小さい時にテレビで見て以来、一度は行ってみたいと思っていた場所でしたが、観光地化していたので少し残念。
ただ、かなり山奥にある秘境なので、ある程度観光の基盤が整ってないと、僕たちバックパッカーがそこを訪れるのも難しくって・・・複雑な気持ちです。

一昨日はフランス対ポルトガル戦だったので、laurentと夜3時からサッカー観戦しました。
その夜泊まったhostelには、horse treckingで一緒だったデンマーク人のメイとエレンもいて、カードゲームしたり、遅くまで呑んだりして過ごしました。

これからlaurentと一緒に康定→理塘と移動します。

今の環境では写真をUPすることが出来ないので、また別の機会に・・・。

P.S.
これから更に田舎に向かうので、ネット環境があるかかなり不安。

Sunday, July 02, 2006

ipod復活!


タイトルとは関係ありませんが、jiuzhaigouというエリアに行ってきました。
奇跡的な透明度の湖や、美しい滝がたくさんある国立公園です。
ただ極端に観光地化していて、入場料や公園内の回遊バスはやたら高いし、中国人観光客で溢れているので、ちょっと風情は損なわれます。
例のパリっ子、ロホン君と周ったのですが、バス代をケチるために公園内をひたすら歩きました(昨日は約35KM!)。
明日は黄龍(hounglong)という、これまた世界遺産に行ってきます。
少なくとも16KM程、トレッキングする予定です。
写真を撮ったらまたUPしますね。
CHAO!

P.S.
中国ではこのBLOGの閲覧が出来ません(更新は出来るんだけど・・・)。

Sunday, June 25, 2006

松藩という町にいます

みなさんこんにちは。

成都から7時間ほど北上し、現在は松藩という町にいます。
ここ自体は特に見るものもないのですが、snow mountain(標高5,500Mくらい)を目指す2泊3日のhorse riding tourに参加しました。
テント泊であることはもちろん、トイレもシャワーもなく、食事はお世辞にもウマイとは言えませんでした。
しかも不運なことが5つ!!
?天候が悪くsnow mountainにたどり着けなかった。
?高山病を患って、ものすごい頭痛と吐き気に襲われた。
?馬に乗りっぱなしで、お尻が痛くなった。
?デジカメのバッテリーがなくなった。
?ipodが壊れた!

以上です。
ツアーには、イスラエルのカップル、デンマークのカップル、イギリスの男の子2人、フランス人、国は分からないけどウェンディが参加し、みんなと仲良くなれたのは収穫かな。まあ、馬に乗りながら眺めた景色もかなり壮大で良かったけど。

明日からはツアーで会ったフランス人のロハンとjiuzhaigouという世界遺産に行ってきます。その後もロハンと黄龍(huanglong)という所に行く予定です。

奇跡的に日本語が使えるPCで良かった!
また時間が出来たら更新します!